Star Lodge Martin

「見る」というよりも「感じる」な感覚に近いかもしれない。
写真や景色やスクリーンを見る感覚とも違う、目を凝らしてもつかめず、ぼうっと眺めている傍にいつのまにか広がっているような、
星、川、光、虫、雲、水、草、鳥、花、空、

山道はながくほそく くねってのぼってまたまがる こどもが眠たげにうなる ナビはとっくに声を失い 頼りない地図と 月の明かりだけが 未来を知っていた あの高原にたどりついたとき 空はまだとじていた 星はかくれて待っていた だけど 風がふいた 雲がすこし割れた 目をあげたそのとき そこにながれていた ひかりの川 天の川という名の まばゆい静けさが だれもしゃべらなかった ただ見上げた 家族で見上げた あのながい道は この空へと つづいていたのだ

わたしは いつもここにいる 霧をまとう日も 風の強い夜も きょうもまた ひとつの家族がのぼってきた 遠くから光をゆらし声をまぜながら ああ わたしは知っている 星たちはまだ姿を見せぬ そのときをじっと待っていることを そして そのときはかならずくることを やがて 雲がひらき 空がうたを流しはじめる 天の川が光をまとい その人たちの目の奥に そっと入りこんでいく わたしは なにも言わない ただ この夜をそっと置いてゆく またいつか 思い出してくれることを願って

翌朝の空には 星のかわりにゆっくりと動く雲がいた わたしたちは 山をくだり 石畳の町をあるいた 木曽路 どこか 懐かしい匂いのする風景 時間がほどけていくような場所 話しかけてこない静けさが そこにはあった そして どこにいてもあの姿があった イワツバメ 低く高く たえまなく舞い わたしたちのうえに 小さな輪を描きつづけた きのうの夜見上げた星と きょうの昼見上げた燕と ぜんぶが ひとつの旅で ぜんぶが 空につながっていた 家へむかう車の中 子どもがすやすや眠る その横顔に まだ 空の光が すこしのこっていた

思い出を胸に、

2025-07|よしもりたけはる|Star Lodge Martin|表紙|挿絵