たてひざ

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たてひざ

フローリングの冷気に、片膝という名の尖った楔(くさび)を打ち込む。それが私の、もっとも私に還るための、うつむいた姿勢だ。
網膜の裏側で、かつて図鑑の余白に飼い慣らした、一片の漆黒が脈打ち始める。ドーベルマン。あの、剃刀のように研ぎ澄まされた肉体の硬質な静寂。世界が彼らに課した「悍(おぞ)ましき守護」という意匠の裏で、その魂は、あまりに薄い硝子細工のように震えていたのではなかったか。主人の影を舐めるためだけに用意された、昏(くら)い情熱。
他者を撥(は)ねつけるほどに硬化していく表皮と、その芯で溺れそうになっている、あまりに過剰な肉のぬくもり。その幸福な呪縛において、私は彼らと酷く、密通している。
「あなたには誰も要らない」という世評が、乾いた砂のように私の襟首から滑り落ちる。強靭であるという誤解は、内なる致命傷を隠蔽するための、ただの衣装にすぎない。剥き出しの牙は、誰かを噛み千切るためではなく、この胸の奥にある、あまりに無防備な心臓の拍動を守るための檻なのだ。
立てた膝の頂点に顎を預け、世界を斜めに切り取る。もしも、この歪な防壁を、そっくりそのまま引き受けにくる肉体があるとするならば。
私はその人の境界線に、音もなく滑り込むだろう。言葉という安価な通貨を一切排し、ただ、一枚の皮膚となってその人の孤独を覆う。ドーベルマンがその見事な鉄骨の身体を折りたたみ、愛する者の足元で、自らを一片の影へと変えるように。私の拒絶はあなたを守るための盾であり、私の沈黙はあなたを甘やかすための闇だ。
膝を縛る腕の、骨の感触を確かめる。この不器用な、あまりに重たい渇望が、いつか同じだけの重さを持った誰かの夜を、静かに圧し潰す日を、私は微睡(まどろ)みながら夢想している。

2026-07|よしもりたけはる|たてひざ|絵本|挿絵